身体障がい児(難聴)時代 その5

こんにちは、身体障がい者のアッシャー木村です。私は視覚障がい(網膜色素変性症)と聴覚障がい(感音性難聴)の2つを合わせ持つアッシャー症候群と呼ばれる難病を抱えています。

しかも数万人に1人という選ばれし逸材です。進行性の病気のため、弱視+難聴の今だから出来ること、伝えることが出来ると信じています。

ここでは、身体障がい児として過ごしてきた幼少期の頃からさかのぼってお話致します。物心ついた時には既に補聴器と共に生活をしていたので、覚えている記憶の範囲でとなることをご了承ください。

第5語ン
「はい!ひょっこりはん?むしろ、引っ込み思案☆彡」

 ̄|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|

 ̄|   /⌒⌒\
|  /    \
|  /  ___  ヽ
| (_ // \\ _)
|  (Y[ノ・八・ヽ]Y)
|  (  ̄|| ̄ )
|_ | (..) |
|ノ\∧    /
| 8(_∧ <> /
|  _) \_/
| (/
| /

私は幼少期から軽度の難聴で補聴器を着用していました。

聴覚障がいと一口に言ってもどの程度言葉を認識できるか?によって

コミュニケーションの円滑さが変わると私は思います。

多くの人は声によるコミュニケーションが当たり前だと思っており、自分の発した言葉は相手に届いていると思っています。難聴でない人にとっては「声が届く」というのは当たり前の感覚です。

したがって、伝えた言葉を理解していないと「聞いてなかった」と思われることもありますし、リアクションがないと「無視している」と思われることもあります。

コミュニケーションは相互の意思疎通のための行為です。しかし難聴によりそれが一方通行になってしまうと相手に不快感を与えてしまう可能性があり、思うようにコミュニケーションが図れなくなります。

特に仕事などの大事な会話の場面で、難聴により相手の求めているリアクションができないとコミュニケーション障害のレッテルを貼られてしまうことがあります。

引用元:コミュニケーション障害を作る難聴 |耳鳴り・難聴を克服する会

難聴では話の一部や単語、言葉が認識し難いところがあり、話理解できていないと

てんで見当違いのことを話してしまうので、アイツはKYだ(空気読めない)ということになりかねません。

やはり話の内容が聴こえていないと会話に参加することが出来ないのです。

私はよく母親の後ろに隠れてたり、何か質問されても代わりに母親が口答したりすることも

多々ありましたので

そうすると半ば必然的に消極的な引っ込み思案になりがちだと、

想像するに容易いのではないでしょうか。

これには約30年経過した今でも仕事での評価で

「より積極性を持ってほしい」

「より発言してほしい」

のようなお客様ご要望を頂戴することにも繋がりますね。

↑↑この辺りの詳細は別途仕事編で語りたいと思います。

幼少期の頃から前に出る機会が少ないということは

また別の特徴も合わせて生まれるかなぁと。。

次回へつづく

【次回予告】アッシャー症候群(USH)に光を照らしておくれよ!

「USH!」「USH!」アッシャー症候群 TypeⅡのアッシャー木村がお送りする

拝敬!パイナップル先輩!!

今回の語りは、難聴ということだけでなく友人や家庭環境にも大きく左右される要素。

またほんの一部しか伝えてないですが共感してくれる人がいたら嬉しいゼ。

次回、第6語ン
「悪魔のプレッシャー。練習強者のあがり症!?」

近所の自販機にパインサイダーが消えてオラ寂しいゾ。

復刻堂だけに、また復刻してくれるのを待ち望んでいるのは自分だけではないはずだッ!!

次回も逃さず絶対(ぜってぇ)見てくれよな!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする